九月 秋分の日 【しゅうぶんのひ】

- 秋日願
- 敬神崇祖
夏から秋へ。祖先を敬い、故人を偲ぶ日。
秋分の日は、二十四節気のひとつで「白露」から15日目にあたります。昼と夜の長さがほぼ同じとなり、この日を境に次第に夜が長くなっていきます。季節は夏から秋へと移ろい、空気の中に少し秋の気配が感じられる頃です。元々は五穀豊穣に感謝し、天皇や皇族の御霊をまつる「秋季皇霊祭(しゅうきこうれいさい)」が行われていましたが、戦後は「祖先をうやまい、亡くなった人々をしのぶ日」として国民の祝日に定められました。
秋分の日を中日とした前後三日、計七日間は「秋のお彼岸」と呼ばれます。家族でお墓参りをしてご先祖さまに手を合わせるのは、日本ならではの風習です。仏教の教えでは、三途の川を隔てて西に彼岸(あの世)、東に此岸(この世)があるとされています。そこで、太陽が真東から昇り真西へ沈むこの日は、此岸と彼岸がもっとも近づくと考えられ、ご先祖さまに思いを届けるのにふさわしい日となりました。
また「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉に表されるように、この頃から残暑もやわらぎ、実りの季節を迎えます。
豊かな実りをもたらす自然と、私たちに命をつないでくれた祖先。その両方への感謝が交差する秋分の日は、日本の美しい精神文化を今に伝えています。
「秋分の日」の行事食
御萩 【おはぎ】
秋分の日を中心とする「秋のお彼岸」には、ご先祖様へおはぎをお供えし、その後、家族でいただくという風習があります。この習わしが生まれた理由のひとつは、おはぎの主材料である小豆にあります。小豆の鮮やかな赤色は、太陽や命を象徴する色とされ、古くから邪気を払い、災いから身を守る力があると信じられてきました。こうした小豆を使ったおはぎをお供えすることで、ご先祖様への感謝を伝え、家族の安泰を願ったのです。また、当時は貴重だった砂糖をふんだんに使った甘いおはぎを捧げることも、ご先祖様への感謝を表す意味があったといわれています。
「御萩(おはぎ)」という名前は、ちょうどこの時期に可憐な花を咲かせる秋の七草「萩」に由来します。春のお彼岸に食べる「牡丹餅(ぼたもち)」も同じもので、こちらは春に咲く「牡丹」の花が名前の由来です。
また、かつては、季節によって呼び名だけでなく、形やあんの種類にも違いがありました。秋は収穫したてで皮がやわらかい小豆を皮ごと使って「粒あん」にし、萩の花を思わせる俵形に。一方、冬を越して皮が硬くなった春の小豆は、なめらかな「こしあん」にして、牡丹の花を模した大きく丸い形にしていました。
現在では小豆の品種改良が進み、粒あん・こしあんや形の違いにこだわることなく、さまざまなおはぎが楽しまれています。
◆「秋分の日にまつわる花」
◆萩の花