
暮らしの中にある行事食
四季折々の山の幸、海の幸に恵まれた山形県庄内地方で農業をしながら、農家民宿「知憩軒(ちけいけん)」を営む長南光さん。季節の移ろいに従って生き、その豊かな恵みを食卓へと紡いでいます。行事食協会では、そんな長南さんにお話を伺うため、令和6年10月、代表理事・小宮理実と、山形県在住の認定講師・長南陽美で「知憩軒」を訪ねました。自然の営みと共にある長南さんの暮らしや、地域に根付く食文化から、現代を生きる私たちが忘れかけている大切なものを見つけます。

■語り手 | 農家民宿「知憩軒」オーナー 長南光さん (以下長南) |
■聞き手 | 行事食協会代表理事 小宮理実(以下小宮) 行事食協会認定講師 長南陽美(以下陽美) |

小宮: 本日はお忙しい中ありがとうございます。私ども行事食協会では、年中行事とそれに伴う「行事食」の継承に取り組んでおります。長南さんが日頃、行事食について意識されていることをお聞かせいただけますか。
長南: 特に行事食を「作ろう」と意識しているわけではないんですよ。本当に日々の暮らしの中で、その時々にあるものを自然といただく、という感じです。農家民宿をしていますから、畑仕事や宿のことで毎日があっという間ですし。
小宮: 意識して作るのではなく、暮らしの中に溶け込んでいるのですね。
長南: ええ。昔からずっとそうやって暮らしてきたので、体が覚えているんです。「ああ、もうすぐお彼岸だから、おはぎを作らなきゃ」とか、そんな風にね。外の様子を見ていれば、季節は自然と教えてくれます。雪が消えれば「お雛様を出さなきゃ」、新緑が芽吹けば「端午の節句か、笹巻きを用意しないと」とか。一年の営みや農作業をする中で、自然と巡ってくるという感じなんです。
小宮: こちらでは、雪はいつ頃まで残るのですか?
長南: 年によって違いますが、家の周りはだいたい3月くらいまでかな。でも、山には6月くらいまで雪が残っていますよ。葉が茂ってくると見えなくなるだけで。雪を見ながら半年くらい過ごすんです。雪が消えると、桜が咲き、春が来たと感じる。そんな風に、季節の移ろいを肌で感じる暮らしです。
小宮: 3月3日の節供には、天狗と獅子が来るそうですね。
長南: そうです。村の神社のお祭りで、天狗と獅子が家々を回って舞を披露してくれるんです。以前は各家を回っていたのですが、今は一軒に集まって行われます。村人みんなで集まって、天狗や獅子の舞を見て、一緒に食事をするのも、大切な行事の一つですね。昔から続くお祭りは、私たちの暮らしの中心にあるものなんです。


小宮: 庄内の行事食にはどのような特徴がありますか?
長南: 便利な世の中になり、昔ながらの行事食が失われつつあります。お彼岸やお盆に用意するおはぎでも、今は直売所で買ったもので済ませる人も増えました。私はお盆とお彼岸だけは、自分で小豆を煮て手作りし、お墓やお寺に持っていくようにしています。既製品だけは供えたくないと思っていますが、これも時代の流れで仕方がないのかもしれません。経済優先の時代になり、みんな日々の生活で必死ですから。

小宮: 私たちは行事食を研究して発信していますが「行事食なんて知らない」という人も多いと感じます。
長南: 知らない人ばかりですよ。うちのお父さんでさえ、例えばハタハタを焼いたのを見て初めて、大黒様のお歳夜だと気付くくらいです。
小宮: 料理を見て行事を知る、というのは面白いですね。今は四季がなくなって、食事も均一化されてしまっているように感じます。
長南: 農家でない人はそうかもしれませんね。農家は露地栽培ですから、季節にならないと作物が実りません。特にうちの作物は在来種中心なので、菊が咲き始めると秋だな、夏野菜が終わってそろそろ秋野菜だな、と作物が季節を教えてくれます。最近はスーパーにも季節感がありませんね。一年中同じものが売っているように感じます。
小宮: 大手のショッピングモール化が進んで、全国どこでも同じものが手に入りますよね。
長南: 全国から集まるからですね。 暖かい沖縄からトマトやスイカが来たと思ったら、今度は北海道からと、一年中同じものが並んでいます。小宮さんがお住まいの京都も色々な文化がありますよね。お水取りなどを見ると季節を感じるでしょう?
小宮:そうですね。そろそろ夏が終わるな、とか、炎が消えた頃にご先祖様がお帰りになるな、と思います。
長南: 宿に来てくださった大阪や兵庫からのお客さんも、京都や奈良のお水取りが終わると季節が進む、といった話をされる方がいました。年配の方は特にそういうことに思いを馳せて手紙をくださったりします。関西にはそういう行事がこの辺りよりもっとありますね。
小宮: 1年に20回以上、毎月のようにあって、全部を追うのはなかなか難しい時代になりました。それをどう伝えていくかを考えるのも、私たちの役割だと思っています。



陽美: 東北の夏といえば、仙台の七夕祭りが有名ですが、こちらの地域では七夕には何かされますか?
長南: 七夕は、幼稚園の子どもたちが短冊を飾るくらいで、一般の家庭ではあまりしないんじゃないかな。東北地方の昔からの習慣で、そうめんは食べますが。
小宮: 七夕にそうめんを食べるのは、そうめんを 天の川や、織り糸に見立てたことが由来のひとつで、日本では東北が発祥の文化と言われていますね。京都では、暑い時期だから食べるという感覚で、七夕に特別に食べる習慣はないんです。
長南: 最近では、発祥を知らない人も多いでしょうね。
小宮: 東北では、そういう食文化が根付いているのですね。京都では、8月の旧暦の七夕に、神社で七夕祭りをしているところがあります。
長南: 神社は行事をしますね。神社がやめてしまったら、一般の家庭にはますます普及しないでしょう。
小宮: 本当におっしゃる通りです。神社が続けてくださっているのはありがたいことだと思います。5月の端午の節供についてもお聞きしたいです。長南さんも笹巻きを作られるとのことですが、山形の笹巻き、初めて食べた時には感動しました。

長南: 笹巻きは、今は5月に限らず一年中売っています。文化庁の「100年フード」に認定され、日本の伝統食として選ばれたのも影響しているのでしょう。昔は5月に合わせて売っていましたが、今は一年中売れるのでみんな作るようになりました。売れるから申請したのかもしれませんね。昔は売るものではなく、家庭の中で作って食べる行事食でした。
小宮: 作れる人が少なくなっているのでは?
長南: いいえ、直売所では若い人もみんな作っていますよ。経営として成り立つからか、毎日作る人もいます。笹巻きは煮るのに時間がかかりますし、灰汁も作って巻かなければいけません。若い人が毎日出しているのを見るとすばらしいと思います。売れるのも良いですが、笹巻きが広く知られるようになったことは良いことだと思います。
小宮: 「100年フード」の認定は、知っていただくためのツールですね。
長南: 笹の葉を採って売っている人もいます。昔は自然乾燥させていましたが、今は冷凍しておいて戻すのが簡単で色もきれいです。自然乾燥させると白っぽくなるのに対し、冷凍だと色がきれいなまま残ります。昔は冷凍庫が普及していなかったので、みんな自然乾燥させていました。軒先に干してカラカラにして。笹と灰には殺菌効果があるので、そんなにきれいに洗わなくても大丈夫でした。
小宮: 笹巻きは、プルプルの食感がすごくおいしいですよね。鹿児島に「あくまき(灰汁巻き)※もち米を灰汁に浸し、竹の皮で包んで蒸した保存食」という似たものがあります。
長南: 鹿児島とここ(庄内)にしかないんですよね。庄内地域でも、酒田市や内陸の笹巻きは、もち米を灰汁で煮ないため白いですが、この地域(鶴岡市)の笹巻きは、灰汁で煮るから黄色いんですよね。鹿児島の西郷隆盛が持ってきたのかもしれません。庄内藩と西郷隆盛は、幕末からずっと交流がありましたから。こちらの笹巻きはご飯の形がなくなるまで煮るから、弾力が出るんですよ。赤ちゃんのほっぺみたいに、プルプルに(笑)。
陽美: 笹巻きを煮ると、家中に良い香りが広がっていたことを思い出します。
小宮: ガス火とかまどでは、おいしさが全然違うでしょうね。
長南: ご飯だって、昔はみんな薪で炊いていましたから。今の人は炊けないと思いますよ。便利な世の中に慣れてしまいました。昔の人たちは、何かあっても生きていく知恵を持っていました。ライフラインもスーパーもコンビニも、電気が止まれば全てなくなります。行事食もそうですが、野草なども食べられるものと食べられないものを知識として頭に入れておかないと、生き延びられない時代に突入しました。だから逆に、こういう行事食をもっと大事に、記憶にとどめておかないと。私は意識していませんが、昔の人も意識していなかったと思います。暮らしの中に自然と行事がありましたから。
小宮: お正月にしても、休暇のような感覚で「神様と過ごす大切な期間」という本来の意味を知る人は少なくなってきました。


長南: お盆に関してもそう思います。本来はご先祖さまの霊をお迎えして、供養する日ですが、今の人には夏休みであって、お盆休みではないんです。墓参りをしない人も増えました。お正月にしても、スーパーが1月3日まで閉まればいいんです。そうすればおせち料理が生き残ります。女性が3日間ゆっくり休むためにおせち料理があるんですから。
小宮: うちでも「お正月とお盆は家にいなさい」と祖母や母から言われていました。 私はおせち料理を勉強して17年になりますが、年々悲しいくらいに風向きが変わってきたと感じます。 コロナ禍になって、ようやく少し見直されるようになってきましたが・・。ところで、山形といえば大晦日に食べられる「歳夜膳(としやぜん)」も印象的です。
長南: 歳夜膳は、納豆汁や鱈の醤油煮などが並ぶ素朴な料理ですが、他の地域にはないみたいですね。でも、こういう素朴な料理が、一年を締めくくるのにふさわしい、ほっとする味なんです。大晦日もお正月も、暮らしや仕事に合わせながら、自分のできる範囲で作っています。子供の頃から食べてきたものを自然と作っているだけですよ。
小宮: 子供の頃から食べてきた行事食は、大人になっても心に残る、故郷の味ですね。
長南: 行事というのは、昔は心の拠り所というか、みんなが大切にする指針のようなものだったと思うんです。それが今はお金が一番大事なものになってしまって、少し世の中の歯車が狂ってきているのかもしれませんね。自分自身を支えるためにも、何か信じられるものや、これだけは大切にしたいということを見つけて、それを心の真ん中に置いておくことが少なくなっているように感じます。周りの情報に流されて「あっちが良い」「こっちが良い」と移り気になっていると、結局自分の軸となるものがなくなってしまいますから。
小宮: 本当におっしゃる通りですね。以前、東京に住んでいたことがあるのですが、情報が多すぎて、何が本当に大切なのかを見失い、周りに流されてしまう人が多いように感じました。まるで風見鶏のように、新しい情報に次々と振り回されているような印象で。その経験があったからこそ、故郷の京都に腰を据えて、今のような活動をしていこうと決意し、ようやく京都のことも好きになれた気がします。実は、昔はあまり好きじゃなかったんです(笑)
長南: みんな一度外の世界に出て故郷を離れてみると、改めて故郷の良さや大切さに気づかされるんじゃないかな。ずっとそこにいると、それが当たり前になってしまって、その良さになかなか気づけないものです。だからこそ、外から来た人が新しい視点で地域の魅力を見つけ出し、それが地域を変えるきっかけになることもあるんです。当たり前だと思っていることの中にも、守るべき大切なものはたくさんあります。ただ、体調が悪かったり、忙しすぎたりする時にまで、無理して何かをする必要はありません。心に余裕ができた時に「ああ、これはやっぱり大切なことだから、守っていきたいな」と思えれば、それで十分。完璧な人間なんていませんからね。
取材を終えて
長南さんのお話は、現代社会で見失いがちな本当の豊かさとは何かを問いかけてくれました。また、改めて行事食とは、季節の移ろいを五感で感じ、自然の恵みに感謝し、家族や地域の人との絆を深める「心の文化遺産」であると教えてくれました。長南さんがおっしゃるように、行事食を次の世代へ伝えていくことは、決して難しいことではありません。全ての行事ではなくても、例えばお正月にはお雑煮、七夕にはそうめん、お彼岸にはおはぎなど、まずは家庭で料理を囲み、そのいわれや思い出を語り合うことから始まります。そして、その体験が子どもたちにとってふるさとの味となり、生きる知恵につながっていくのかもしれません。私たち行事食協会でも、そんな風に誰もが気軽に行事食に触れられるきっかけ作りをお手伝いしたいと思っています。そして、日本の豊かな食文化を次世代へ手渡していくために、今後も尽力していこうと決意を新たにしました。

取材協力
長南 光(ちょうなん みつ)さん
農家民宿レストラン「知憩軒」の女将。親の介護などで地域を離れられなかったのを機に「お客さんに来てもらい、見聞きしたことを広めてもらおう」と、1999年に自宅を改装してはじめる。お客さんには「おいしいよりあったかいと感じて欲しい」と、手間ひまを惜しまず、訪れる人一人ひとりに合わせたおもてなしを心がける。
農家民宿「知憩軒(ちけいけん)」
山形県庄内地方にある、農家民宿レストランの先駆けとして知られる施設。
自家栽培の新鮮な無農薬野菜を中心に使い、一汁三菜と保存食で構成される郷土料理を提供する。化学調味料などを使わない素朴で安心できる味付けが評判で、都会の喧騒を離れ、心から安らげる場所として多くの人々が訪れる。
所在地 | 山形県鶴岡市西荒屋字宮の根91 |
電話 | 0235-57-2130 |
営業時間 | 農家レストラン 11:30~14:00 、宿泊チェックイン 15:00〜 |
定休日 | 火・水、12月~2月 |
