
心に響く本物の琉球料理を、次世代へ
日本には、その土地の風土と歴史に根ざした豊かな食文化が息づいています。私たち行事食協会は、その多様性と奥深さを伝えるべく、賛助会員を招いた行事食公開講座の第一弾として、独自の食文化が色濃く残る沖縄県を訪れました。現地でお話を伺ったのは、1969年8月創立の「松本料理学院」で学院長を務める松本嘉代子先生です。先生のお話から見えてきたのは、年中行事とともにあった琉球料理が今、存続の危機にあるという現実でした。しかし、その危機感の中から生まれる情熱と、食を通して文化をつなごうとする先生の素晴らしい活動は、私たちに大きな気づきを与えてくれました。心に響く食事とは何か、そしてそれを未来へどう残していくべきか。松本先生の言葉から、その答えを探ります。

| ■語り手 | 松本料理学院 学院長 松本嘉代子さん (以下松本) |
| ■聞き手 | 行事食協会代表理事 小宮理実(以下小宮) |
小宮: 本日は誠にありがとうございます。先生が長年守り、伝えてこられた琉球料理について、そして行事食を継承しようというその強い想いの原点について、ぜひお聞かせください。
松本: 琉球料理は大きく分けると「宮廷料理」と「庶民料理」に分けられます。宮廷料理は、冊封使(さっぽうし)の接待や薩摩の奉行所役人の接待など、国家的な行事として供されました。一方で庶民料理は、貧しさの中から生まれた知恵と工夫により、栄養と薬餌性(やくじせい)を調和させた料理です。 近年は宮廷料理と庶民料理の垣根がなくなり、沖縄料理(外来の文化も含む)を各家庭で自由に作られるのが一般的です。巷では「チャンプルー文化(ごちゃまぜ文化)」とも言われていますね。代表的なものには、炊き込みご飯の「クファジューシー」、豚のもつを使った「中身の吸物」、豚の角煮である「ラフテー」、そして炒め物の「チャンプルー」や炒め煮の「イリチー」などがあります。ただ、今「沖縄料理」というと、缶詰のランチョンミートなどを使った、いわゆるアメリカナイズされた料理が主流になりつつあります。手軽で便利なため人気がありますが、本来の「琉球料理」を知る人は驚くほど少なくなってしまいました。


小宮: 特に県外の方には、沖縄の食材というとスパムなど缶詰のイメージが強いかもしれません。
松本: それは戦後、アメリカの統治下にあった頃の配給物資の影響ですね。当時はほとんどの料理が缶詰を使ったアメリカナイズされたものでした。半世紀以上(81年)も経っていますが、まだその影響が大きく残っている「缶詰文化」と言えます。いつでも身近にあって手軽に使えるため、特に若い人たちには人気があります。長い期間、親から子、孫へと受け継がれ、その味を覚えてしまったせいもあるかもしれません。 コロナ禍の影響が大きく食生活が一変し、簡単にできる時短料理が主流になってきました。ランチョンミートの入ったおむすびやサンドイッチを販売する店には観光客が押し寄せ、行列ができるほど今や人気の商品です。
小宮: 合理的ですし、ランチョンミートは何とでも相性が良くて味がまとまりやすいですよね。
松本: 買い置きがあれば、ご飯・麺・野菜・海藻類など、あらゆる食材と組み合わせやすく、抵抗なく普段の食事に取り入れられています。時代の流れと共に、外来の食材や料理も沖縄の食文化として変化してきているのです。
小宮: 沖縄の食文化というと、昆布をたくさん召し上がるのも特徴的だと感じます。本土では出汁に使うのが主ですが、沖縄では昆布そのものが料理の主役になるのですね。
松本: 昆布は、沖縄では慶弔の行事食には欠かせない貴重な食材です。慶事には「結び昆布」にして、ソーキ骨(豚のあばら骨)や足ティビチ(豚足)とともに柔らかく煮込んだ汁物や、めかじきを芯にして巻いた「昆布巻き」、長昆布を千切りにして豚肉と炒め、鰹だしで柔らかく煮込んだ「昆布イリチー」などを多めに作っておもてなしをします。また、法事の際は、昆布に切り込みを入れた「ケーシ昆布」を柔らかく煮付け、重箱に詰め合わせてお供えをします。


小宮: 沖縄の行事には、その「重詰料理」が欠かせないものだと伺いました。
松本: 沖縄の行事には、重箱料理が欠かせません。年中行事の中で、シーミー(清明祭)と旧盆の重箱料理は内容がほぼ同じもので、一般的に7品または9品と品数が決まっています。沖縄の重箱は内側が赤塗り、外側が黒塗りのものが使われていますが、最近の市販の重詰めは花柄で、使い捨てが主流です。 重詰料理は一般家庭の食生活に深く定着しており、旧暦の三月に行われる先祖供養の祭りである「清明祭(シーミー)」や旧盆など、さまざまな場面で登場します。昔はお餅と「御三味(ウサンミ)」という重詰のご馳走を二組ずつ用意していましたが、現在は一組ずつ略式が一般的です。
清明祭の時期には、お墓の前に親族一同が集まり、ピクニックのように重箱を広げて食事をする風習があります。


小宮: 先生の御本の中でも、沖縄独特のお料理が美しく詰められていて、特に印象に残りました。以前、先生から「同じ沖縄でも地域によって重箱の詰め方など行事食に違いがあることを知り、ご自身で整理されたことがこの道に進むきっかけになった」と伺いました。今、改めて沖縄の行事食を「残したい」と強く思われるのはなぜでしょうか。
松本: 代々受け継がれてきた沖縄の食文化は、社会の変化や行事の簡略化、人材の高齢化などにより、急速に失われつつあります。世界の食材が身近になり食生活は一見豊かになったものの、琉球料理や沖縄固有の食文化は継承の危機に直面しています。 沖縄の食文化を次世代へ残すための重要な拠り所が「日常食」と「行事食」です。行事には親族や地域の人々が集い、料理を囲むことで、自然な形で食文化が受け継がれてきました。しかし現在は、その琉球料理全体が消えかけており、このままでは「沖縄の宝」である食文化が失われてしまうという危機感が募ります。 琉球料理は先人から受け継がれてきた「食文化遺産」です。豚肉や島豆腐、島野菜、海藻などを用いた栄養バランスの良い調理法が数多く(150種以上)存在します。これらの伝統的な行事食や日常食を各地域や家庭で保存・普及し、継承していくことが最も重要だと考えています。
小宮: その危機感から県を動かし、「琉球料理伝承人」を育成されている活動は本当にすばらしいですね。
松本: ありがとうございます。琉球料理を食文化遺産として残そうという県の働きもあり、私たちは琉球料理保存協会を立ち上げ、その担い手となる「琉球料理伝承人」の育成が始まりました。現在92名を超え、その中から指導者として8名の担い手が育ちました。 ただ、今後の課題は、本当の味を知らない人が増えたことです。レシピだけ見て作っても、本来の味にはなりません。一人でも多くの人に本物の琉球料理を試食してもらい、その味わいの奥深さを覚えていただき、今後活動する琉球料理伝承人の育成に繋げていきたいと思います。
小宮: ぜひ先生のお料理をいただき、その味と心を、私たち行事食協会でも伝えていきたいと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。
取材を終えて
今回、松本先生のお話を伺い、行事食文化が色濃く残る沖縄でさえ「食文化の継承」という課題に直面していることを知りました。手軽さや効率が優先される現代において、手間ひまのかかる郷土料理や行事食が失われつつあるのは、日本全国に共通する問題なのです。「レシピだけでは不十分。本来の味を舌で覚えさせたい」という松本先生の言葉には、食文化の核心を突く重みがありました。心に響く食事、故郷への愛着を育む食事とは、まさにその土地で代々受け継がれてきた「本物の味」に他なりません。
先生が強い使命感を持って始められた「琉球料理伝承人」の育成は、沖縄の未来にとって、そして日本の食文化全体にとっても、大きな希望の光だと感じます。 私たち行事食協会もこの度の学びを胸に、日本全国を巡って各地に眠る行事食に光を当て、その価値と文化を多くの人々に分かち合う機会を作っていけたらと思います。


取材協力
松本嘉代子さん
松本料理学院 学院長 / 琉球料理研究家として長年にわたり後進の指導にあたる。沖縄の食文化の継承・普及・保存に尽力し、県の「琉球料理伝承人」育成事業においても中心的な役割を担う/琉球料理伝承人 宗匠
著書多数。
松本料理学院
那覇市に拠点を置き、琉球料理、沖縄の家庭料理、行事食などの指導・普及・保存を行う。
ウェブサイト:https://matsumoto-ryorigakuin.okinawa/